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振り返ればそこに……【森博嗣】新連載「道草の道標」第7回

森博嗣 新連載エッセィ「道草の道標」第7回

 

【執筆活動を振り返って】

 

 大学勤務と執筆作業が重なっていた10年間は、忙しくてものを考えるような余裕がなかなか持てなかった。というか、思考は主として研究方面に費やされていたから、夢の中でさえ研究の問題を解こうとしていた。したがって、その時期に書いた小説作品は、ひたすら世間に認められそうな、こういうものが皆さんに求められているだろうとシンプルに考えた、いわば定式化され型にはまった作品になった。不自由だし窮屈さはあったものの、決まりきったものを作る方が、新たな発想の必要がなく、迷うこともなく、作業として効率が高い。時間がないからこうなった、という言い訳を今頃している次第である。

 大学を辞めたあとは、時間的な余裕が生まれたけれど、ほとんどは趣味の工作に費やされた。たった一人で全長500m以上にもなる鉄道を敷設したし、何十機も機関車や飛行機を製作した。もちろん、小説にも以前よりは時間が割けるようになったから、少しは考えて、自分の思うような創作へとシフトさせることができた。ただこの段階では、初期の頃のようには人気が出なかっただろう。その理由は2つある。

 まず、読者(受け手)は、最初に感じたもので作家のイメージをインプリントするため、森博嗣はこういう作品を書く人だ、と早期に決めてしまう。それから外れた作品を評価しない。同じことが「理系」という表現にもつき纏い、「難しそうだ」と思い込んで手を出さない。2つめの理由は、森博嗣はそもそも大衆受けするような人物ではないから、自身が思い描いたとおりの創作をすれば、おのずと受け入れられにくくなる。これは当然わかっていたことだが、大勢に受け入れられたいという欲望がないので、なんの抵抗もなかった。そういうわけで、偏屈な作家が、多少自分を出して周囲が引いた、というわけである。売れたことで既に目標を達成したので、もう売れる必要がなかったのだ。

 ただし、仕事であることは常に意識していたから、思いきり全面的に自分の嗜好を出すことはなかった。思いきり自分らしくしたら、そもそも執筆活動などしていない。少数とはいえある程度の需要が見込める辺りを狙って書いていた。そんな匙加減がわりと面白かったので、いやでいやでしかたがなかったわけではない。仕事というのは、好きか嫌いかといった評価をするものでは本来ないので、あまりそういう方面のことを感じなかっただけである。

 研究の場合も、コンピュータに向かってプログラミングをしたりデータの解析をしたりする毎日だったし、小説の場合もまったく同じようにモニタを見てキーボードを打っていたわけだから、やっている作業はほぼ同じ。ただ、研究は頭を使うから疲れるのに対して、小説はあらすじという流れがあって、それに従って書いていくだけなので、比較的楽だったと感じている。悩んで指が止まるようなことはなかったし、なにか調べものをするようなこともなかった。流れがスムーズで粘性が低く抵抗がない感じに近い。エッセィは、小説よりは多少抵抗があり、ときどき少しだけ(5秒くらい)考えることがあるが。

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森博嗣

もり ひろし

1957年愛知県生まれ。工学博士。某国立大学工学部建築学科で研究をするかたわら、1996年に『すべてがFになる』で第1回「メフィスト賞」を受賞し、衝撃の作家デビュー。怜悧で知的な作風で人気を博する。「S&Mシリーズ」「Vシリーズ」(ともに講談社文庫)などのミステリィのほか、「Wシリーズ」(講談社タイガ)や『スカイ・クロラ』(中公文庫)などのSF作品、また『The cream of the notes』シリーズ(講談社文庫)、『小説家という職業』(集英社新書)、『科学的とはどういう意味か』(新潮新書)、『孤独の価値』(幻冬舎新書)、『道なき未知』(小社刊)などのエッセィを多数刊行している。

 

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